第3章 歴史的な感染症の比較考察

第3章 歴史的な感染症の比較考察

 

はじめに感染拡大の背景について過去と現在を比較する。過去の感染症では、戦争や侵略、大航海時代の移動、貿易などによってさまざまな地域に感染症が持ち込まれ、感染が拡大した。当時は国をあげて対策が行われていなかったため、感染防止対策が確立していなかった。

ペストでは、貿易によって感染が拡大し、ネズミに寄生するノミを介して感染した。病気の原因を神の怒りの結果であると考えられ、死後の魂の行方は当時の人々にとって重大な関心ごとであったため、死後の救済をひたすら願った。また、疫病を背景に、骸骨の姿をした「死」がいかなる身分・年齢であろうと迎えに来るという絵画が多数作られた。

スペイン風邪では、WWIと重なり、兵士の移動に伴って感染が拡大した。当時細菌は発見されていたが、ウイルスは発見されていなかったため、感染症(ウイルス)という認識が薄く、ただの流行り風程度の認識であった。

現代の感染症では、国をまたぐ旅行や、貿易、国内では人口の多い都市部で拡大した。個人で海外旅行ができるようになり、世界的に流行した。

各国の海外に行くのを禁止する時期はバラバラであったため、対策の遅れた日本では多くの感染者を出した。政府が早めに対策をしていたら、今より感染が抑えられたであろう。

日本では、大型クルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号で感染が拡大した。このクルーズ船は流行地域周辺の香港によっており、感染者を乗せたまま日本に到着してしまった。船内で無自覚の感染者が移動したり、共同の食堂を使ったりして、感染が拡大した。

次に現在の新型コロナウイルスと過去の感染症を比べて、技術や対策の面で変わった点、変わらない点について述べる。

変わった点については、技術の発展でアルコール消毒液や質の良い石鹸、マスクなどが簡単に手に入れられるようになり、スマートフォン新型コロナウイルス接触確認アプリ“COCOA”が使え、SNSなどで情報が手に入り拡散出来る時代になった。

また、国で規制や制限をかけたりするなど国際社会において有効的な政策がとれるようになった。

一方で変わらない点もある。日本では主に、感染症の対策の仕方(手洗い、マスク、隔離など)は過去と比べても同じである。スペイン風邪でも、第一波に比べて第二波の方が感染率は高い。新型コロナウイルスでも第二波の方が感染率が高く、これにはウイルス突然変異を起こしたからであると言われている。特に若者は発症しても重症になりにくいため、若者が重症化しやすい高齢者に感染させるケースが多く、それに伴い感染者が増加した。

また、第二波で感染者が増加したのは第一波では軽症で検査の対象とされず見逃されていたような人たちが、検査を受けているからではないかと考えられる。

そしてスペイン風邪については、医療崩壊などが起こっていた。現代でも新型コロナウイルスによる医療従事者への感染拡大や、負担の増加などで十分なPCR検査が受けられない患者が続出している。また、感冒に某ミルクキャラメルといった広告のデマがあったように、現代の新型コロナウイルスでも、トイレットペーパーが無くなるなどといった多くのデマが流れている。

これらをふまえて今後私達がすべきことは、国を超えて対策することである。現状、新型コロナウイルスに対する各国の対策は統一性がなく、危機意識の差や、宗教的な習慣などで、原因で感染が拡大した。したがって、対策する時期や内容を、国同士で合わせることが必要だ。その為に、WHOが率先して各国に警告や掲示をすることにより、統一性ができ感染が抑えられると考える。

アメリカの大統領ドナルド・トランプ氏が新型コロナウイルスに感染した事も、危機感の差や、政治的半面も含まれていると考えられるだろう。また、国の判断で感染対策を行ったとしても個人のレベルで対策を進めるべきだ。

新型コロナウイルスの流行で、経済的損失が増え、多くの国の政治や、政府は混乱状態に陥ったと言える。日本の経済対策として、全国民に一律十万円の支給が行われたが、結局多くの人が貯金に回すなどしており、現在の不景気を少しでも回復できているのかはわからない。だが、新型コロナウイルスの影響で仕事がなくなり収入が少ない人にとっては、いい政策だったのだろう。今後も景気はどうなるかわからないので、対策を考えていくのが必要だ。政府の対策は今後の影響にもつながってくることから、やはり国同士が統一性をもって対策することが重要であろう。

 

 

 

 

 

第4章 教科書記述の現状と提言 

 

第1節 各教科書出版社に見られる感染症の記述

 

山川出版社実教出版社、帝国書院、東京書籍(以下 山川、実教、帝国、東書)の教科書を比較した[1]

 まず、単純に感染症についての全体的な記述量を比較した。その結果、多いものから東書、帝国、山川、実教の順で、東書が最も多い記述量であった。また、ペスト、天然痘スペイン風邪それぞれの記述の有無については以下の表のとおりである。

 

ペスト

天然痘

スペイン風邪

東京書籍

帝国書院

×

山川出版

×

実教出版

×

×

[1] 各教科書の情報

このことから、

 

 次に、各出版社の記述を感染症ごとにみていく。まずはペストである。ペストに関しては、すべての教科書の共通点として「14世紀から広がっている」と表記されている。しかし、東書と帝国は「17世紀にも流行している」と17世紀に流行していたことにも触れている。また、東書、帝国、山川はペストがきっかけで起こった、農民反乱などの社会的不安について書かれているが、帝国、山川は戦争も絡めて説明している。

 続いて、天然痘である。天然痘については、教科書ごとの違いはほとんど見られなかった。どの教科書も天然痘がヨーロッパからもたらされていたこと、先住民の人口が激減したことの二点に触れられていた。ただし、

最後に、スペイン風邪である。スペイン風邪についてはどこの出版社も記述がない。その理由として、私たちは以下の2つの理由があると考えた。一つ目は、詳細な情報がなく、不確かであるのではないかということ。実際に私たちがスペイン風邪について調べた結果、多くの情報が混在していたが、それらの大半が信憑性に欠けるものであり、それについて教科書に記述するのは難しいことだと考えた。

二つ目は、教科書に載せる内容量の関係で記述ができないことである。実際に各出版社の特色を比較して調べてみた結果、各教科書は政治史を中心に扱っていた。そのため私たちは、各教科書にスペイン風邪について記述するスペースがなかったと考えた。

このように、5つの出版社を比べた結果、記述について偏りがある出版社と多くの出来事を絡めて記述してある出版社がある。感染症は、私たちの体のみならず、社会的にも多くの影響を与えている。実際に、現在流行している新型コロナウイルスは、現在のグローバル化もあいまって、世界的なパンデミックによる経済的、社会的な悪影響が問題視されている。そのため、私たちは感染症について出版社が教科書に記述する場合は、その感染症によって社会的、経済的な影響など、多くの要素を絡めて記述するべきだと考える。

 

終章 まとめ

 

 今回のレポートを作成するのにあたり、2つ学んだことと、考えたことがありました。

1つは、レポートを作成するのにあたり、いままで身につけてこなかった力や技術を学ぶことができたことです。技術の例の1つとして「直接引用」と「間接引用」の違いや、使い方を知れたことです

また、レポートを作成するのにあたり、情報を読み取る力である「読解力」や、わかりやすく人に伝えるための「表現力」も自分なりに身につけることができたと感じました。

 2つめは、グループワークでの意見交換や他者を理解させるための「説明力」などを養うことができたことです。

私はこのブログを作成するのにあたり、感染症の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」への見方が大きく変わりました。以前は感染拡大地域のニュースを見て身の危険を感じていましたが、実際に今回の授業で過去の感染症と比べて学ぶことで、「医療崩壊の危険性」、「ワクチンの製造」など普段知ることができない視点から見ることで改めて感染症の恐ろしさを知りました。また、それと同時に歴史から学ぶことも大切であると感じました。

 以上の2つの学んだことと、考えたこと。歴史を学んでいかすこと。これらのことを自分の糧として、これからの生活に生かしていき、生涯に渡って学んでいこうと思います。

 

 

 

 

Imakiyo

 

 

 

第2章 科学技術の発展と感染症の克服

第2章 科学技術の発展と感染症の克服

 

 この章では、科学技術の発展や感染症に立ち向かった人物を取り上げ、人類が感染症をどのように克服してきたかを述べる。

 

第1節 細菌とウイルスの違い

 

細菌は単細胞生物で栄養源さえあれば自分のクローンを作り増やすことができる。人体に悪い影響を与える細菌もある一方、人体に良い細菌も存在する。例として、人体によい影響を与える細菌は納豆菌や乳酸菌などがあり、逆に人体に悪い細菌は大腸菌黄色ブドウ球菌などがあげられる。

ウイルスは細菌の50分の1ほどの大きさで自分の細胞を持たず、ほかの細胞に入り込んで生きる。人体に入ると細胞の中で自分のコピーを作らせて増殖する。例として、インフルエンザウイルスやノロウイルスなどがあげられる。

・細菌の発見について

ドイツのロベルト・コッホ(1843~1910)による炭疽菌の発見からはじまった。このことによって細菌が動物の病原体であることを証明し、その証明指針であるコッホの原則を提唱した。

病原体としての細菌研究の黎明期から、日本人はその研究に従事・貢献して北里柴三郎志賀潔などの細菌学者を輩出してきた。この関係から、日本国内においては細菌学という学問が病原体を扱う分野として成長を遂げてきた。その後、細菌以外の病原体であるウイルスの発見がされる。

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・ウイルスの発見について

ルイ・パスツールエドワード・ジェンナーはウイルスの感染を防ぐ最初のワクチンを開発したが、彼らはウイルスの存在を認識してはいなかった。

ウイルスの存在に関する最初の証拠は、細菌が通過できない大きさの孔を持つフィルターを用いた実験から得られた。

1892年ドミトリー・イワノフスキーは、病気に感染したタバコの葉の圧搾液が、このフィルターを通しても感染性を失っていないことを示した。マルティヌス・ベイエリンクは、この濾過された感染性の物質を「ウイルス」と名付けた。この発見がウイルス学の始まりであると見なされている。その後、フェリックス・デレーユによるバクテリオファージの発見と部分的な性状解析によってこの分野は活性化され、20世紀の初期までに多くのウイルスが発見された。

第2節 感染症対策に貢献した人々

 

ここでは、現代の医療につながる医療体制や技術を確立した人物の例として3人を紹介する。

 

第1項 エドワード=ジェンナー(1749~1823)

・生い立ち                    f:id:Imakiyo:20210213083521p:plain

1749年5月17日にイギリスのバークレイという小さな村で生まれた。

どこまでも丘のつらなるこの一帯は、乳牛の放牧がさかんな酪農地帯であった。12歳になったジェンナーはソドバリーの開業医ダニエル・ラドロウに弟子入りして、9年間医学の勉強をした。この間に自分の生涯をかけて取り組むことになった研究のきっかけとなる話を聞いた。21歳のときにロンドンに医学の修行に行き、外科医、植物学者として有名なジョン・ハンターの住み込みの弟子になった。ジェンナーは当時の最も優れた先生のところで学ぶという幸運に恵まれたのである。24歳のときジェンナーは故郷のバークレイに帰って開業医として仕事をはじめた。牛痘種痘法の開発はここで行われた。

 

・功績

ジェンナーは乳絞りをする女性が、軽い症状の天然痘(牛痘)にはかかるけれども、命を落とすような天然痘にはかからないという事実に着目し、水ぶくれの中の液体が何らかの方法で抗体を作って病気になるのを防いでくれているのではと思い研究を始めた。はじめに彼は、牛痘にかかった女性の水ぶくれから液体を取り出し、使用人に何度も接種させ、最終的には天然痘を接種させ、天然痘にかかりにくくなる結果をまとめて論文にした。この方法は種痘法と言い、ジェンナーの種痘法は大きな成功を収めた。

1840年、当時のイギリス政府が、ジェンナー以外の方法を禁止するほど効果的だったのである。 ジェンナーは、種痘法の特許をとることはしなかった。特許をとるとワクチンが高価なものになり、多くの人々に行き届かないと考えたからである。これが人類最初の天然痘ワクチンの誕生である。

第2項 アレクサンダー=フレミング(1888~1955)

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・生い立ち

レミングは、スコットランドのエアシャー地方、ロッホフィールドの農場で生まれ、そしてキルマーノックのリージェント工芸学校で2年間教育を受けた。ロンドンに移住した彼は王立科学技術学院(Royal Polytechnic Institution; 現 ウェストミンスター大学)に入学。卒業後、商船会社に4年間勤めた後、1903年ロンドン大学セント・メアリーズ病院医学校に入学、1906年に同校を卒業後セント・メアリーズ病院の接種部に、A・E・ライトの助手として入った。この年に医学博士になっている。

その後は第一次世界大戦で同病院が破壊されるまで、同医学校に所属した。1914年に召集され、第一次世界大戦の間、彼は多くの同僚とともにフランスの戦場病院に参加した。ブローニュのイギリス陸軍病院の細菌研究施設で研究に従事した。戦場の死にかけている軍人が罹患するガス壊疽などの恐ろしい感染症と直面した経験により、戦後、セント・メアリーズ病院医学校に復帰した彼は、感染症治療を改善する薬剤の探索を始めた。

 

・功績

レミングは、ブドウ球菌を培養中にカビの胞子がペトリ皿に落ち、カビの周囲のブドウ球菌が溶解しているのに気づいた。このことにヒントを得て、彼はアオカビを液体培地に培養し、その培養液をろ過した液に、この抗菌物質が含まれていることを確認し、アオカビの属名であるPenicilliumにちなんで、ペニシリンと名付けた。現在も抗生物質として使われている。当時、第二次大戦中で多くの戦傷兵がこのペニシリンで助かったという。

 

第3項 フローレンス=ナイチンゲール(1820~1910)

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・生い立ち

1820年5月12日、イギリスの裕福なジェントリの家庭である両親の2年間の新婚旅行中にトスカーナ大公国の首都フィレンツェで生まれ、フローレンス(フィレンツェの英語読み)と名づけられる。幼少期は、贅の限りを尽くした教育が施される。しかし、慈善訪問の際に接した貧しい農民の悲惨な生活を目の当たりにするうちに、徐々に人々に奉仕する仕事に就きたいと考えるようになる。

ナイチンゲールは精神を病んだ姉の看護をするという口実で1851年、ドイツの病院付学園施設カイゼルスベルト学園に滞在する。ここでは、看護婦(当時)に対しても教育が行われていた。その後、看護婦を志し、リズ・ハーバートに紹介されたロンドンの病院へ就職する。ただし無給であった。生活費は年間500ポンドかかったが、数少ない理解者の父が出していた。のちに婦人病院長となったナイチンゲールはイギリス各地の病院の状況を調べ、専門的教育を施した看護婦の必要性を訴える。当時、看護婦は、病院で病人の世話をする単なる召使として見られ、専門知識の必要がない職業と考えられていた時代であった。

 

・功績

ナイチンゲールは1853年に起こったクリミア戦争の悲惨さを知り看護婦団を結成して戦地へ向かった。訪れた野戦病院では、冷たい風が吹きすさんでいる汚物まみれの病室と、満足な手当ても施されないまま、ゴキブリ、シラミ、ネズミなどがうごめき走り回る、むき出しの固い床に寝かされた傷病兵たちの姿があった。その環境の劣悪さから、多くの者がチフスコレラを罹っていた。

その上、必需品である薬や食料が不足し、死者の数だけが増え続けていた。驚くことに、病院での死亡率は戦地でのそれに対して7倍の高さであったとも伝えられている。物資補給体制を整えたり、職員や病室を増やしたりといったナイチンゲールの寄与もある。患者の傷の手当てをする人材の不足、包帯や薬などもろくに補給されていない現状を訴え、重傷兵のための特別食や、ロンドンから志願してきた腕利きの料理人に頼んで病院の食事を一変させた。こうして白いシーツの上で横たわり、熱いスープを口にした兵士たちは、戦場から天国にきた思いを抱いたのだった。

また、今でいうナースコールを取り入れて昼夜を問わず患者の元に駆けつけることができるようにした。当時としては画期的なアイディアであった。 軍病院改善のため、ついには個人財産を投げ打ち、リネン類や包帯、防寒具などの日用品の買い付けから、200人の職員増員、病院施設の拡張・改築まで、まさに徹底的な改革に乗り出した。ナイチンゲールがつぎ込んだ財産はざっと約7000ポンド。これは現在の35万ポンド(日本円で約五千万円)にも相当する。このように不潔で医療設備の不十分な野戦病院の改革に努めた。帰国後イギリス女王の基金によりナイチンゲール=ホームという看護婦学校を開き、多くのすぐれた看護婦を育て、現在の看護師の基礎を確立した。 

 

第2節 現代の対策

 

第1項 日本のマスク、手洗い・うがいの効果と歴史

現在の感染症対策で必要なことを調べ、マスクと手洗いは厚生労働省に言われている通り有効である。うがいをすることでインフルエンザを予防できるという科学的な根拠は証明されてはいない。

 

・手洗い・うがいについて

手洗いの起源は、神社や寺にお詣りするときのお清めからだと言われている。うがいは平安時代から口腔清掃の手段として使われていた。これらは、アメリカなどの欧米諸国では主流ではない。

日本では水道水でうがいをする以外にも薬局に行けば多くのうがい薬を手に入れることができるが、アメリカではまず見かけることはないという。唯一うがいを取り入れた商品といえばマウスウォッシュ(口内洗浄液)である。マウスウォッシュは一般的には歯磨きのあとなどに使う商品であって、歯磨きでは取り除くことのできなかった菌を除去するのが目的で使われる。それ以外にも口臭予防効果をうたっている。また、外国の水道には微生物がたくさん含まれているので、その水で「うがい」をすると、かえって菌が増殖してしまうというのだ。日本の水道事情のよさが、「うがい」文化を裏で支えていたというわけである。

 

・手洗いの効果

きちんと手洗いをしているつもりでも、水やお湯でサッと流すだけでは、細菌やウイルスは落とせない。石けんを使ったとしても、しっかりと時間をかけて洗い残しがないように丁寧に洗わないと効果は半減してしまう。

また、冷たい水が嫌だからといって、熱いお湯でゴシゴシ洗うのもNG。皮膚の油分が奪われて、手荒れの原因となってしまい荒れた皮膚は、細菌が大変増殖しやすいことが分かっている。さらに、きちんと手を洗っても、家族で共有のタオルを使うと台無しである。湿ったタオルで増殖した細菌が再び手に付着してしまう。

 

・うがいの効果

無意識に口や鼻を触り、浮遊する細菌・ウイルスを知らないうちに吸い込み、それらが口腔内・喉にとどまってしまうと、風邪などの感染症の原因となる。うがいをすることで、喉や口の粘膜に付着した細菌やウイルスなどを口の中から洗い流し、感染を予防することができる。

また、喉は乾燥することによって粘膜の表面の繊毛運動が弱くなったり、止まったりすることで、細菌やウイルスが侵入しやすくなるので、うがいは喉を潤す働きがあるため、風邪や感染症の予防にもなる。

最近なにかと話題のポビドンヨードは、幅広い細菌やウイルスに対し殺菌消毒作用を持つ成分である。刺激性が低いため、世界的にうがい薬だけでなく、注射や手術を行う時の皮膚や粘膜の殺菌・消毒に使われることもある。濃い茶色をしていることが特長で、衣類などにつくと落ちにくくなってしまうので注意が必要だ。

また、ヨウ素含有成分でアレルギーがある、甲状腺疾患など特定の基礎疾患を持つ方は使えない場合もある。

 

・日本のマスクの効果・歴史

マスクは主に飛沫感染を防ぐもので、日本では使用率が高く欧米に比べて新型コロナウイルスの被害も少ない。日本ではスペイン風邪(インフルエンザ)の流行から注目されるようになり、国が配布したポスターには『マスクをかけぬ命しらず!』と書かれていた。 

当時、日本の報道でのスペイン風邪(インフルエンザ)の俗称は「流行性感冒(かんぼう)」である。

感冒とは体を急激に寒気にあてた際などに起こる呼吸器系の疾患の総称で、当時は流行り風邪ぐらいの認識しかなかったことがわかる。

 

 

・出典

・細菌とウイルス 最終閲覧日2020年6月29日

http://amr.ncgm.go.jp/general/1-1-2.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E5%AD%A6

ジェンナーについて 

・ジェンナーの贈り物

 

ペニシリンについて 最終閲覧日 6/29

http://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/gijutubu/AMP/Penicillin.html

ナイチンゲールについて 最終閲覧日 6/29

https://colorfl.net/nightingale-matome/

手洗い・うがいの歴史、効果 最終閲覧日6/29

https://healthcare.ds-pharma.jp/health_column/jobigaku/vol077/https://www.tepika.net/info/faq_protect.html

https://www.kao.co.jp/lifei/support/77/

https://tenki.jp/suppl/ryoko/2015/03/14/2201.html

https://nurse.ipec.or.jp/hand-washing-and-gargling/

マスクの歴史 最終閲覧日6/29

https://www.tamagawa-eizai.co.jp/tamacarelab/column/57

https://weathernews.jp/s/topics/202004/160185/

 

次は最終章です。

世界史を学び、激動のコロナ禍を体験した現役高校生が伝えたいたった1つのこと。

私が伝えたいたった1つのことは

「歴史から学ぶ大切さ。」

です。

私はある高校のグループ授業で歴史に影響を与えた感染症を調べ、「感染症について」教科書別に記述されていることを比較しました。

そしてその授業を通して学んだことをブログに記したいと思い、このはてなブログを利用させて頂きました。

それではよろしくお願いします。

 

目次

 

第1章 歴史に影響を与えた感染症・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1節 ペスト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第2節 天然痘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第3節 スペイン風邪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第4節 SARS・MERS・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第5節 新型コロナウイルス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 

第2章 科学技術の発展と感染症の克服・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1節 細菌とウイルスの違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第2節 感染症対策に貢献した人々・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1項 エドワード=ジェンナー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第2項 アレクサンダー=フレミング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第3項 ナイチンゲール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 第3節 現代の対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1項 日本のマスク・手洗いうがいの歴史と効果・・・・・・・・・・・・・・・・●

 

第3章 歴史的な感染症の比較考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1節 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 

第4章 教科書記述の現状と提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

第1節 教科書に見られる感染症の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

 

終章 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・●

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第1章 歴史に影響を与えた感染症

 

 この章では、歴史に影響を与えた感染症について、特にペスト・天然痘スペイン風邪SARS・MERS・新型コロナウイルスを取り上げる。これらは、歴史的に影響力が高かったと考えられるものを筆者らが選出した。各感染症の発生・流行時期や地域を示したのが以下の図である。

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       図1 歴史的な感染症の流行時期・地域(筆者ら作成)

 

第1節 ペスト

 

・ペストとは何か?

ペストとは、ペスト菌の感染によって起きる感染症である。別名「黒死病」と言われ、感染者の皮膚が内出血によって紫黒色になることに由来する。主な症状として、発熱・脱力感・頭痛などがあり、感染後1-7日後ほど経過した後症状が表れる。

 

・ペストが歴史に与えた影響

ペストという病気がいつから人間社会での伝染病として成立したのかは、まだ明確にはわかっていない。紀元前の古代エジプトのペストが人類を苦しめていたという説が今わかる最も古い発症地域である。

1331年に中国大陸で発生したペストは、中国の人口を半分に減少させる猛威を振るった。その後、貿易ルートに沿ってヨーロッパ、中東、北アフリカに拡散し、およそ8000万人から1億人ほどが死亡したとされている。

流行時期は世界各地で異なっており、ヨーロッパでは1348年から1420年にかけて断続的に流行した。近年では、2004-2015年にマダガスカルコンゴ民主共和国タンザニアなどのアフリカ諸国で流行するなどの流行時期の違いがわかる。

流行地域は、主にアフリカの山岳地帯および密林地帯にはじまり、東南アジアのヒマラヤ山脈周辺ならびに熱帯森林地帯。中国、モンゴルの亜熱帯草原地域。北米南西部ロッキー山脈周辺。南米北西部のアンデス山脈周辺ならびに密林地帯などがあげられる。

 

・ペストへの対策と収束方法

感染の予防策として、ペスト菌保有するノミや、ノミの宿主となるネズミの駆除が挙げられる。また、腺ペスト患者の体液に触れないことや、患者部屋への立ち入りを制限し、患者との距離をとることが重要である。患者の 2メートル以内に接近する場合はマスク、手袋などの着用をしなければならない。

現在、ペストに対する有効なワクチンは存在しないので、早期に適切な抗菌薬を投与することが必要である。そのため、早めに抗菌薬を投与して死亡率を20%以下に抑えることが必要である。これが今わかる現在の収束方法である。

 

・出典

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88

  • ペストとは【2020/08/03】

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/514-plague.html

  • ペストの発症地域【2020/08/03】

https://wired.jp/2016/05/28/plague-village/

  • ペストの昔【2020/08/03】

https://www.terumo.co.jp/challengers/challengers/32.html

 

第2節 天然痘

 

天然痘とは何か?

天然痘(てんねんとう smallpox)は、天然痘ウイルス(Variola virus)を病原体とする感染症の一つである。疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう)ともいう。医学界では一般に痘瘡と用いられた。疱瘡は平安時代、痘瘡は室町時代天然痘1830年大村藩の医師の文書で初めて表記されたことに由来する。

紀元前より、伝染力が非常に強く死に至る疫病であり、感染した場合、肉眼で判別可能な症状が現れるため特定しやすい。発病および感染はヒトのみに限られ、さらに優れたワクチンが存在するといった、根絶を可能とする諸条件が揃っていた。このようにとても伝染力が強く人類を死に追い込めたが、根絶に成功した唯一の病気である。

主な症状として、急激な発熱(39 ℃前後)・頭痛・四肢痛・腰痛などで始まり、発熱は2 〜3 日で40 ℃以上に達する。小児では吐気・嘔吐、意識障害がみられる。発疹【ほっしん】は顔面、頭部に多いが、全身に見られる。ほかにも致死率が平均で約20%から50%と非常に高い[1]。感染は飛沫感染によるものでおよそ12 日間(7〜16 日)の潜伏期間を経て、急激に発熱する。このように症状が確認しやすかったため根絶できたと考えられている。

 

天然痘が歴史に与えた影響

牛痘ウイルスから徐々に遺伝子が脱落して天然痘ウイルスになったと推測され、アフリカの角と呼ばれるアフリカ大陸南東端の地域が発症地であると推定されている。

主にヒトヒト感染であったため、全体的な年齢層に流行し、世界各地で死者が急増した。現在のペルーにあったインカ帝国は1530年頃天然痘により滅亡した。また、現在のメキシコにあったアステカ王国では、スペインの征服者、コルテスが1521年に征服した際、スペイン軍はわずか400人の兵力しかいなかったが、連れてきた奴隷の中に、天然痘に感染していた人が混じっていたため、アステカ王国は滅亡した。

17世紀日本においては、この一世紀の間に4回に及ぶ流行の記録が見られる。流行拡大は、主に17世紀からのものが多く、1796 年にはイギリスで45,000 人が天然痘のために死亡していた。ほかにも日本では明治年間に、2〜7 万人程度の患者数の流行(死亡者数5,000〜2万人)が6回発生しており、世界では約33 カ国に天然痘は常在し、発生数は約2,000 万人、死亡数は400万人と推計されていた。このように流行地域は特定の場所ではなく、世界全体に広がっていた。

 

天然痘への対策と収束方法

天然痘ウイルスはアメリカとロシアのバイオセイフティーレベル(BSL)4の施設 で厳重に保管されている[2]

19世紀以降、イギリスのジェンナーが予防接種を開発し、欧州および全世界への予防接種の普及に努めた。第二次大戦後の1946(昭和21)年には18,000人程の患者数の流行がみられ、約3,000人が死亡しているが、緊急接種などが行われて沈静化し、1956(昭和31)年以降には国内での発生はなくなった。沈静化する方法として「患者を見つけ出し、患者周辺に種痘を行う」という、サーベイランスと封じ込め (surveillance and containment)作戦実行を実行した。その後、WHO は1980年5月天然痘の世界根絶宣言を行った。

 

・出典

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/445-smallpox-intro.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%84%B6%E7%97%98

  • ミイラからの天然痘ウイルス〔2020/07/27〕

https://www.primate.or.jp/serialization/105%EF%BC%8E%E5%A4%A9%E7%84%B6%E7%97%98%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AF16%E4%B8%96%E7%B4%80%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%AB%E5%87%BA%E7%8F%BE%E3%81%97%E3%81%9F%EF%BC%9A%E3%83%9F/

  • 天然痘を患った人の画像〔2020/7/22〕

https://dolikyou.com/wp-content/uploads/2020/04/smallpox-victim.jpg

  • 致死率の比較資料〔2020/07/27〕

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2020/04/15/%E4%BB%8A%E5%9B%9E%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%A8100%E5%B9%B4%E5%89%8D%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B6/

  • 天然痘と歴史的出来事との関係〔2020/07/27〕

https://japan-indepth.jp/?p=51300

 

第3節 スペイン風邪

 

スペイン風邪とは何か?

スペイン風邪とは、1918年-1921年に世界各国で極めて多くの死者を出したインフルエンザによるパンデミックの俗称である。第一次世界大戦時に中立国であったため情報統制がされていなかったスペインでの流行が大きく報じられたことに由来する(スペインが最初の発生源という訳ではない)。

スペイン風邪の病原体は、A型インフルエンザウイルスH1N1亜型)である。ただし、当時はまだウイルスの分離技術が十分には確立されておらず、その病原体の正体は不明であった。スペイン風邪は、それまでヒトに感染しなかった鳥インフルエンザウイルスが突然変異し、受容体がヒトに感染する形に変化するようになったものと考えられている。つまり、当時の人々にとっては全く新しい感染症新興感染症)であり、ヒトがスペイン風邪に対する抗体を持っていなかったことが、パンデミックの原因になった。

 季節性インフルエンザは、感染後1~3日の潜伏期間のあと、突然の高熱と倦怠感、関節痛、腰痛、筋肉痛などの全身症状で始まり、少し遅れて鼻汁、咽頭痛、咳などの呼吸器症状が現れる。熱は38~39℃あるいはそれ以上にもなるが、通常3、4日で解熱し、1週間程度で自然治癒に向かうことが大部分で、比較的予後の良い経過をたどる。しかし高齢者や基礎疾患を持つ人は重症化することもある。

スペイン風邪も基本的には同様の症状だったと想像されるが、当時の記録を見ると、非常に突然の発症、チアノーゼ、血痰、鼻出血などの出血傾向が強調されている。死亡例の肺を解剖すると、血液の混ざった水分で肺が満たされた状態(肺水腫)や、細菌感染を合併した強い炎症の所見が見られたという。

 専門家によると、症状が回復しても脳にダメージを与え、1,2ヵ月間うつ状態が続き、物忘れや決断力の欠如などが起きることもあるという。

 

スペイン風邪が歴史に与えた影響

 1899年から1943年までのインフルエンザ死亡者の世代マップ(図1)を見てみると、1917年から1919年と1920年から1922年はスペイン風邪の影響を大きく受けているのがわかる。

 さらに世代マップを詳細に見てみると、男子では1917年から1919年においては21歳から23歳の年齢域で大きなピークを示したが、1920年から1922年には33歳から35歳の年齢域でピークを示している。男子では1917年から1919年と1920年から1922年との両期間で年齢ピークの位置が異なっているのに対し、女子ではいずれの期間においても、24歳から26歳の年齢域でピークを示している。また、女子のピークが男子に比べて高いこともわかる。

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図2 インフルエンザによる死亡者の世代マップ

スペイン風邪の3回の流行時期は以下の通りである。

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[1] 例えば、スペイン風邪と比較すると、スペイン風邪は1918年3月頃から1920年まで全世界で大流行し、当時の世界人口の1/3以上が感染、数千万人が死亡した。この時の致死率が2.5%と低いので天然痘の致死率がとても高いことが良くわかる。

[2] バイオセイフティーレベル(BSL)とは、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設の格付けである。

 

スペイン風邪の第一波は1918年の8月にアメリカとヨーロッパにて発生した。感染性は高かったものの、致死率はそれほど高くなかったとされている。しかしながら、1919年10月にフランス、シエラレオネアメリカで同時に始まった第二波は5.26%の致死率となり、しかも健康な若年者層においてもっとも多くの死がみられ、死亡例の99%が65歳以下の若い年齢層に発生したという、過去にも、またそれ以降にも例のみられない現象が確認されている。これは、第一波では感染せず、免疫を獲得できなかった者が、第二波で重症化し死に至ったと推測されている。また、これに引き続いて起きた、1920年の8月に第三波は、医師や看護師の感染者が多く医療崩壊した。こうして、一年のタイムスパンで3回の流行がみられたことになる。

 医療ガバナンス学会によると、1人の陸軍兵によってアメリカのカンザス州にあるファンストン駐屯地にインフルエンザが持ち込まれ、数千人が感染した。同州のフォートライリー駐屯地等、他の基地にも感染が広がり、アメリカ国内の陸軍駐屯地36箇所のうち20箇所以上で感染が起こった。その頃ヨーロッパでは第一次世界大戦が終盤にさしかかっていた。西部戦線を突破するため、兵力増強が図られ、4月から夏にかけて210万人の兵士がアメリカからヨーロッパの前線へ移送された。これは、アメリカ独立戦争当時にアメリカ=ヨーロッパ間を移動した人数の40倍もの規模である。史上 初めての大規模な人の移動により、同時にウイルスもヨーロッパ大陸へ渡り、イギリス軍・フランス軍でも罹患者が急増した。しかしこの時の死亡率は低く、大部分が数日で症状が消え、3日程度の発熱で回復することから、「三日熱」と言われた。

 被害を受けた人たちの大部分は、とても貧しい層の人たちであり、その多くの人は栄養失調状態であった。第一次世界大戦により、当時は世界人口のほとんどが劣悪な健康状態であり、高い人口密度に加え、衛生状態も悪く、衛生基準自体が低いことが当たり前の時代であった。それに加え、世界のほとんどの地域は戦争で弱っていた時代である。公的な物資は少なく、多くの国々がその資源の多くを戦争に使い切った後であった。

 

スペイン風邪への対策と収束方法

 患者の隔離、接触者の行動制限、個人衛生、消毒と集会の延期といったありきたりの方法に頼るしかなかった。多くの人は人が集まる場所では、自発的にあるいは法律によりマスクを着用し、アメリカのサンフランシスコ市では、マスク条例を制定し、公共の場所で咳やくしゃみをした人は罰金、投獄され、学校を含む公共施設はしばしば閉鎖され、集会は禁止された。患者隔離と接触者の行動制限は広く適用された。感染伝播をある程度遅らせることはできたが、患者数を減らすことはできなかった。このなかでオーストラリアは特筆すべき例外事例だった。厳密な海港における検疫、すなわち国境を事実上閉鎖することによりスペイン風邪の国内侵入を約6ヶ月遅らせることに成功し、そしてこのころには、ウイルスはその病原性をいくらかでも失っており、そのおかげで、オーストラリアでは、期間は長かったものの、より軽度の流行ですんだとされている。

 

・出典

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%81%9C〔最終閲覧日2020年7月24日〕

https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_02.html〔最終閲覧日2020年7月24日〕

http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2005/〔最終閲覧日2020年7月27日〕

http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html〔最終閲覧日2020年7月27日〕

  https://data.wingarc.com/impact-of-spanish-flu-25690〔最終閲覧日2020年8月3日〕

  http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html〔最終閲覧日2020年8月3日〕

 

第4節 SARS・MERS

 

SARSとは何か?

SARSとは「重症急性呼吸器症候群」ともよばれ、SARSコロナウイルスによって引き起こされるウイルス性の呼吸器疾患である。また、動物が起源である感染症と考えられている。ウイルス特定までは、その症状などから、「新型肺炎」、「非定型肺炎」とも呼ばれていた。

SARSは、2002年11月16日に中国南部の広東省で非定型性肺炎の患者が報告されたのを発端に北半球のインド以東のアジアやカナダを中心に感染が拡大していった。感染経路は、飛沫および接触感染が主体とされるが、空気感染の可能性も多く含まれている。

最も一般的には、ヒト−ヒトの接触で伝播していると考えられている。また、ヒトで感染源となるのは有症者だけで、現在までのところ発症前の患者が感染源となったという報告は確認されていない。SARSの潜伏期は2〜10日である。症状として発熱、筋肉痛などがみられる。発症者の約8割はその後回復するが、約2割は集中治療を必要とする。

 

・MERSが歴史に与えた影響

SARSは、32の地域や国々へ拡大した。感染により世界経済は400億ドルの被害を被るなどの影響を受けた。2003年、WHOは全世界に向けて異型肺炎の流行に関する注意喚起(Global Alert)を発し、本格的な調査を開始した。その後、原因不明の重症呼吸器疾患として「SARS」と名付けた。

右図はSARS新型肺炎(コロナウイルス)の感染者を比較した図である。各色の線からわかるようにSARSは比較的緩やかに世界に拡大していった。

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SARSへの対策と収束方法

SARSの対策としての有効な治療法はまだ確立されていないが、患者の即時隔離、接触者の自宅隔離は有効な予防措置である。他にも予防策として手洗い、うがい、マスク着用、人混みへの外出を控えるなどがあげられる。

収束方法として、古典的な「隔離と検疫」対策を用いて収束がはかられた。その後、WHOは2003年7月5日にSARSの感染地域から、最後まで残っていた台湾を除外すると発表して、SARSの流行が事実上、終息したことを宣言した。

 

 

・MERSとは何か?

 MERSコロナウイルス(MERS-CoV)は、中東呼吸器症候群病原体コロナウイルスである。通称 MERSウイルス。イギリスロンドン2012年9月に初めて確認された。ヒトコブラクダ保有宿主(感染源動物)であるとされ、ラクダとの接触や、ラクダの未加熱肉や未殺菌乳の摂取が感染リスクになる。

 2003年に流行した重症急性呼吸器症候群SARS)の原因病原体であるSARSコロナウイルスとは近縁だが、異なる種類のウイルスである。

 感染後2~14日の潜伏期間のあと、発熱、せき、息切れなど呼吸器症状が現れる。下痢などの消化器症状を伴う場合もある。MERSに感染しても、症状が現われない人や軽症の人もいるが、高齢の方や糖尿病、慢性肺疾患、免疫不全などの基礎疾患のある人では重症化する傾向がある。中東地域からMERSの確定患者としてWHOに報告された者のうち、症状が悪化して死亡する割合は、約35%とされている。

 

・MERSが歴史に与えた影響

 輸入症例ではないMERSの確定患者の発生が認められた流行国は、中東地域の一部であり、具体的には次の7か国である。
 アラブ首長国連邦、イエメン、オマーンカタールクウェートサウジアラビア、ヨルダン このほか、ヨーロッパやアフリカ、アジア、北米、中東からも患者発生の報告があるが、これらの患者はすべて、輸入症例ではないMERSの確定患者の発生が認められた流行国への渡航歴のある人、又はその接触者であり、輸入症例であることが分かっている。

 MERSはSARSの時ほど、急速に他地域へは拡散しなかった。病原体の感染力の強さを表す基本再生産数という概念がありそれは1人の患者が何人の患者に感染させる可能性を持つか(2次感染者という)の数値で、その基本再生産数はMERS 0.8~1.3、インフルエンザ2~3、SARS 2~5、はしか16~21であり、たしかにMERSコロナウイルスの感染力は麻疹やインフルエンザよりも低い。

 

・MERSへの対策と収束方法

 石鹸による手洗いやマスクの装着、人の触る所の消毒などが予防となる。洗っていない手で、目や鼻や口などの粘膜に触らないようにする必要がある。

また、病人との接触は控えた方が良い。航空機などではサーモグラフィーによる体表温度スクリーニングが行われているが、MERS初期の発熱で38度以上の体温となることはそれほど多くなく、37.5度以上の体温上昇すらも起こらない場合のあることが確認されており、限界がある。家庭内でも密接接触による感染が起こりうるため、マスクをして2m以上距離を保つことが望ましい。

感染者一人当たりの再生産数(感染させた人数)の平均を一人未満にしなければ流行は収束しないため、感染者に対する接触者追跡調査(コンタクトトレーシング)や接触者の隔離が行われている。

  直近では、2019年12月1日から2020年1月31日までの2ヶ月間で、サウジアラビアでは19人が感染し8人が死亡、このほかカタールでも発生するなど、収束の見通しは全く立っていない。 

 

 

・出典

SARSについて

 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/414-sars-intro.html

https://note.com/ozeki90/n/n7874009f6854

https://www.forth.go.jp/keneki/kanku/disease/dis03_07ser.html

 

・MERSについて

http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/mers/〔最終閲覧日2020年9月7日〕

https://ja.wikipedia.org/wiki/MERS%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9〔最終閲覧日2020年9月7日〕

https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers_qa.html〔最終閲覧日2020年9月7日〕 

https://www.maruzen-publishing.co.jp/info/n19784.html〔最終閲覧日2020年10月8日〕

https://ja.wikipedia.org/wiki/MERS%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9〔最終閲覧日2020年10月8日〕

 

第5節 新型コロナウイルス

 

2019年から世界中で爆発的な流行を引き起こした新種のコロナウイルスによる感染症が、WHO(世界保健機関)によってCOVID-19(corona virus disease 2019)と発表された。

 

新型コロナウイルス感染症とは何か?

世界で最も早く確認され、流行のもととなった場所は、中国湖北省武漢市である。

「食べられるものは何でも食べてしまう」という文化のあるこの場所で、このコロナウイルスの起源といわれるコウモリを食べてしまい感染者があらわれた。そしてそこからヒトからヒトへと媒介され今に至る。では、ヒトからヒトへの媒介はどのようにして起こってしまうのだろうか。

感染経路としては、空気感染・飛沫感染接触感染があげられるが、主に飛沫感染接触感染である。まず、飛沫感染ではヒトのくしゃみや咳、つばなどをまたもう一人が口や鼻から吸い込んでしまった場合に起こる。さらにヒトは自らがくしゃみや咳をするとき大半は周りへの配慮のため手で押さえる。しかしその手で周囲にものに触れ、またその触れた所を他人が触れてしまうことで接触感染が発生する。

主な症状として、頭痛・発熱・疲労感・筋肉痛・味覚障害・嗅覚障害がある。しかしどれも程度に個人差があり、感染者の8割程度は軽症または無自覚である。さらに有効的であるというワクチンなどはいまだ開発されてないが治癒例も多数ある。感染し重症化リスクが高まるのは高齢者や持病を持つ人がほとんどを占めている。

 感染者は30代から50代が多くなっているが満遍なく広がっている。しかし、20歳未満ではその他年齢層に比べ感染確率が半分程度であると考えられている。また致死率は高齢になるほど高く上がっていく。

新型コロナウイルスによる感染症は世界各国で確認され、また感染者数も急激に増加していった。その原因の一つとして新型コロナウイルスの潜伏期間の長さが関係していると考えられている。

厚生労働省HPによると潜伏期間は1~12.5日(多くは5~6日)となっている。そこで身近な感染症のインフルエンザと比較するとインフルエンザは1~2日間である。この潜伏期間中でもコロナウイルスの感染力は変わらないため、症状の出ていない間に無自覚に他人に移し、自分自身がコロナウイルスの媒介を進めてしまう。よって感染拡大が抑えきれなくなってしまった。

 

新型コロナウイルスに対する世界の対策と成果

 世界各国それぞれの対策を行ったために、国ごとに対策の失敗・成功の差が大きく出てしまっている。

成功例とされているのは、スロバキアや韓国である。スロバキアでは国内初の新型コロナウイルス感染者が確認されてから9日後、国内すべての学校の休校、商業施設の閉鎖、そして空港の閉鎖を行った。これは世界で見ても異例の速さである。またその迅速な国の対応に従う国民とマスメディアを利用した呼びかけにより感染の拡大を比較的抑えられ世界からの称賛を浴びた。

韓国は新型コロナウイルス感染症に対して迅速かつ効果的な対策を行った。まず、新型コロナウイルスの流行が確認されてから約2週間の時点で累計42万人もの人がPCR検査を受けた。この数字は同じ時期の日本と比べ約13倍に当たる数字である。その結果無意識のうちに感染を拡大させていくということが減少した。また韓国では感染が確認された場合、感染者のスマートフォンやクレジットカードの使用履歴、街にある監視カメラの情報などを用いて感染されるまでの感染経路を把握できそれを公開する、というシステムを導入している。公開された情報を元に接触していた可能性のある人へ連絡をし、検査を受けてもらう、または2週間の自己隔離を促している。これはプライバシーの侵害だという声も上がっているが、多少のプライバシーの侵害は感染拡大防止のために仕方がないことだとしている。 このような対策は全世界が見習うべきだとされている。韓国の1日当たりの新規感染者数の推移をみると2月末から3月の初めは感染者が多くみられるものの、だんだんと感染の封じ込めに成功しているように見える。

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一方で、失敗と評価されているのが、スウェーデンである。スウェーデンでは、国民全体の集団免疫の獲得を目指した。ロックダウン(都市封鎖)は国民の権利を侵害している、誰も望まず不必要だ、といった考え方から行わなかった。しかしその結果100万人当たりの死者数が世界的に最高水準となり、感染者数も一向に減らず苦しい結果となった。  

 日本は新型コロナウイルスの発生源である中国に近いうえに、多くの中国人観光客を受け入れていたことを考えると、日本の死亡率の低さは奇跡的であるといわれている。日本のPCR検査を受けている人の少なさや、強制力の伴わない緊急事態宣言が他国からの視点では緩いと感じられているが、感染の拡大や死亡率を抑えられている、という面から注目を浴びている。

 

・個人の対策

 個人の対策として特に推奨されていることとして「三密」の回避、マスクの着用、手洗い・消毒の徹底があげられる。「三密」とは密閉、密接、密集のことでこまめに換気をしたり、室内などに多くの人が一度に集まらないようにしたりするといった対策

である。また新型コロナウイルスの拡大とともにソーシャルディスタンスという言葉をよく聞くようになった。これは日本語では社会的距離という。もし自分が感染していても無症状の場合、知らず知らずのうちに人に接触をしてしまうことがある。自分だけでなく相手への感染を防ぐために、ソーシャルディスタンスという考え方が提唱されました。

しかしソーシャルディスタンスでは、社会的な分断をイメージされてしまうため、最近ではフィジカルディスタンス(身体的距離)という言葉が推奨されてきた。

 

新型コロナウイルスが与えた社会的影響

まず、経済面での影響である。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、自粛期間が設けられたため飲食業は休業やテイクアウトのみの営業を余儀なくされ大きく売り上げが落ち込み閉店する店も少なくない。また、遊園地,テーマパークなどは感染が確認されてから売り上げが、1ヵ月で約30%、3ヵ月で約98%マイナスとなった。

 しかし、反対に情報サービス業や、レンタル業では家の中にいる時間が増えたために売り上げはプラスとなり他の業種のようなダメージはなかった。

 テレワークの導入やネット通販の利用などにより、飛沫感染接触感染、さらには近距離での会話の対策を日常に定着させる「新たな生活様式」へと転換させていくことが今後さらに求められている。

次に、生活面である。日常生活が制限されたことによって普段の暮らしにも影響が出ている。生活者研センターによる日本国内でのアンケートによると、休日祝日の旅行やレジャーが以前に比べて減った人が70%を超え自粛に対する意識の高さが伺える。また、屋外での運動や自宅での運動時間が増え健康意識も高まりつつある。自宅にいる時間が増えたために家族とのコミュニケーションもふえ、いい影響も少なからず見られた。

一方で、新型コロナウイルス感染防止のための外出自粛によるストレス、またウイルスに対する過剰な警戒心から多くの社会問題が引き起こされている。例えば、非協力的と見えた他人を一方的に糾弾する「自粛警察」が広がった。飲食店への嫌がらせや県外ナンバーの車を威嚇するなどの問題行為である。身勝手な正義感を他人に押し付ける行為が多くみられた。

また、医療従事者に対する偏見や誹謗中傷もあった。母親が医療に携わっている子は保育園へ通うことさえ断られたケースもある。この点について厚労省は、「医療従事者等は、感染防御を十分にした上で対策や治療にあたっている。新型コロナウイルス感染症の対策や治療にあたる医療従事者等の子どもに対する偏見や差別は断じて許されない」と強く指摘し、各自治体の対応が急がれる。このほかにも、医療従事者に対して「入店の拒否」「タクシーの乗車拒否」などが生じている。

 

 

・出典

新型コロナウイルスへの各国の対策について

〔スロヴァキア〕

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93418.php

〔韓国〕

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64189?site=nli

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64275?site=nli

 〔スウェーデン

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/1-157.php 

 〔日本〕

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93421.php

・個人の対策について

 https://www.clinicfor.life/articles/covid-012/

https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/coronavirus.html

・社会的影響について

 https://gemmed.ghc-j.com/?p=33574

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62123960R30C20A7KNTP00/

 

次のブログで第二章を記させていただきます。